「ジョン・レノンさん、銃弾に倒れてから40年」という記事を読みました。
あれから、もう40年、月日が経つのは、早いもの。
生きていれば、80歳のレノンさんの音楽を、思い出します。
ジョン・レノンさんの命日から40年
40年前、私は学生でした。
ニュースを見た、最初の反応は、「えー」と、だだ、びっくりするのみです。
何があったのか、ミュージッシャンがどんな理由で、撃たれるのかと思いました。
結局、たいした理由もなく、銃をもった犯人に、射殺されたということです。
私は、ビートルズやソロになったメンバーの大ファン、というわけではありませんでしたが、今も心に残る歌や、好きな曲があります。
当時も今も、未来のある人物の命が、一瞬にして奪われた、理不尽さを感じます。
突然、撃たれてしまうようなことがあるのが、アメリカの銃社会なのかとも考えました。
レノンさんを撃った犯人は、今も服役しているそうです。
ショーウィンドーに並んでいる銃
その後、アメリカに行く機会があり、ショッピング街で、お店を見ていると。
スーパーの隣に、銃を売っているお店がありました。
まるで、アクセサリーか何かを売っているお店と、同じような感覚です。
お店は、外からも覗けるし、誰でも入っていけます。
ショーウィンドーに並んでいる銃を見て、違和感を感じました。
もちろん、市民権のない外国人には、販売していませんが、ガラスケースの中の銃を見るのは、ショックでした。
これだけ、銃が身近で、手に入りやすいと、事件も起こりやすいです。
銃は、身を守るために必要という意見も根強いですが、簡単に人の命を奪うということは、日本人には理解できないものです。
失われた時間を考えてみる
40歳というのは、人生を終えるのには、早すぎます。
もし、40年という、失われた時間をあったなら、色々なことができました。
音楽を作り、演奏することもできたし、家族と楽しく過ごすこともできたし。
何もせずに、のんびり過ごすという選択もできたし。
40年という時間を、自分は、生きてしまいました。
何かを成しえたわけでもなく、過ぎてみると、ただ40年という長い時間が経っていました。
人の人生は、ある日終わるもの。
レノンさんをしのんで、時間を大切に生きられたら、と思います。
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