「奇跡体験アンビリバボー」の「負けてたまるか」の特集で、ブラジル人ピアニストのジョアン・カルロス・マルティンスが紹介されていました。
病気や怪我に見舞われても、なお、演奏し続けるジョアンに感動しました。
ジョアン・カルロス・マルティンスの軌跡
幼いころ、腫瘍が見つかり、外で遊ぶことのできなかったジョアン。
父親は、彼に、ピアノをプレゼントします。
練習を始めると、すぐに才能が開花します。
少年演奏家として、プロデビューし、卓越した技術で、観客を魅了します。
20歳の頃には、カーネギーホールで、演奏するまでになります。
しかし、右手の指3本が動かなくなる怪我を負い、演奏活動から、身を引きます。
3年ののち、右手は少しづつ回復し、また、ピアノの演奏を始めることに。
彼の復活は、観客にも、好評をもって、迎えられます。
ジョアンが、演奏活動を再開できるようになってから、数年後、今度は、強盗に襲われ、また、右手が使えなくなってしまいます。
なんとも、不運ですが、ジョアンは、左手のみで、高度な演奏をし、アルバムも出します。
しかし、三度、不運が!
左手の酷使により、神経麻痺を起こします。
両手がほぼ使えなくなったジョアンは、ピアニストから、指揮者に転向し、新たな才能を開花させます。
そして、リオデジャネイロ、パラリンピックでは、右手の親指と、左手の親指と人差し指のみで、スローテンポにアレンジした国歌を演奏して、称賛を受けます。
その後、ジョアンは、演奏活動から、引退しました。
ある日、コスタという工業デザイナーが現れ、彼が考案した、指をサポートするグローブを、ジョアンに提供します。
そのグローブをつけることにより、ジョアンは、ふたたび、両手で演奏できるようになります。
御年80歳のジョアンではありますが、「夢を追いかければ、夢の方から近づいてくる」と、未来を語っていました。
不屈のピアニストとは
ジョアンさんは、子供の頃は、病気で辛い思いをしたはず。
ピアノを学び、演奏することによって、自分を表現して、音楽を世界に発信してきました。
しかし、ピアニストには致命傷の、手の怪我で、心身共に、落ち込んだのではないでしょうか。
しかも、1度ではなく、度重なる怪我で、崖の下に突き落とされるような思いをしたはずです。
ご本人は、「神は乗り越えられない試練は与えない」とおっしゃったそうですが、簡単には、乗り越えられないような試練だったと思います。
怪我の回復やリハビリは、忍耐と根気が要ります。
もちろん、痛みや苦痛にも耐えなければなりません。
努力をするのは、「元に戻りたいという」一心からです。
一度、怪我をすると、怪我の前と全く同じに戻るというのは、むずかしいです。
ある程度回復しても、後遺症が残ったり、変形したり、色々な障害がでます。
しかし、ジョアンさんは、不屈の精神で、乗り越えました。
だからこそ、彼に、また、演奏してほしいと思う人が出てきたのです。
ジョアンさんは、高齢にもかかわらず、装具を使い、生き生きと演奏しています。
両手が使えるのは、すばらしいことです。
きっと、感謝を込めて、ピアノを弾いているのでしょう。
その音色は、美しく、優しさがこもっています。
辛い経験があったからこそ、今の喜びを噛みしめられるのだと思います。
奇跡のグローブ
ジョアンさんが使用しているグローブは、指先を切り落とした、手袋状になっています。
これをつけることにより、曲がった指を伸ばし、ピアノを演奏することができます。
指を伸ばすだけではなく、サポート力もあるように見えます。
手をサポートするグローブは、高価でもなく、手に負担をかけずに、使用できるようです。
怪我や、何らかの障害を持つ人に知ってもらい、役立つとよいと思います。
まとめ
数々の困難を乗り越え、ピアニストとして、復活したジョアン・カルロス・マルティンス。
彼の軌跡は、「マイ・バッハ 不屈のピアニスト」として、映画化もされています。
また、手の指に、動きを取り戻すための、画期的なグローブが開発されました。
ジョアンさんばかりでなく、グローブを使って、再び手を使える人たちが出てくれば、と思います。
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